なぜ温かい飲み物で「ほっとする」?体の温度センサーから考える心地よさ

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在宅で仕事をしていると、つい根を詰めてしまう瞬間があります。
気づけばパソコンの前に座りっぱなしで、休憩のタイミングを逃してしまう。そんなとき、いったん席を立って淹れる一杯の温かいコーヒー。マグカップを両手で包んだ瞬間に、ふっと肩の力が抜けることがあります。
「疲れたときは、温かいものを飲むといい」
昔からよく言われる言葉です。
温かいお茶、味噌汁、スープ、白湯。そしてホットコーヒー。
たしかに、冷たい飲み物より温かいものを口にしたときのほうが、「ほっとする」と感じることがあります。

ネットで調べると、「温かい飲み物を飲むと、副交感神経が優位になるから」という説明をよく見かけますが、温度と身体の反応について詳しく調べていくと、どうもそれだけでは説明がつきません。

温度を感じるセンサーがあり、体温を調節する仕組みがあり、そして脳がその温度を「心地いい」か「そうでないか」として評価する。
「温かいから、ほっとする」という一見単純な現象の裏には、思っているより複雑な仕組みがあります。

今回は、コーヒーに限らず、「温かいものは、なぜ心地よく感じるのか」というところから考えてみます。

目次

そもそも、人間は「温かさ」をどう感じている?

「温かい・冷たい」は、身体が受け取っている情報

私たちは、皮膚や口の中にある仕組みを通じて、周囲の温度を受け取っています。

この温度を感知しているのが、皮膚の神経の先端にある、温度に反応するタンパク質、いわば温度センサーです。

ある種のセンサーは熱に反応し、別のセンサーは冷たさに反応するというように、複数のセンサーが役割分担をしながら、私たちが感じる温度の情報をつくり出しています。

どのセンサーが何度からスイッチが入るのか、細かい部分はまだ研究段階のところも多く、「何度になったら熱いと感じる」と単純に言い切れるものではありません。ただ、「温度を感知する分子の仕組みが、身体に備わっている」ということ自体は、比較的よく分かっています。

温度は「快適か、不快か」という評価にも関係する 

温度センサーが拾った情報は、そのまま「快適」「不快」になるわけではありません。

脳は、その情報を受け取ったうえで、あらためて「心地いいかどうか」を判断しています。

つまり、「温度を感じる」ことと、「その温度を心地いいと感じる」ことは、じつは別の話なのです。

温かければ温かいほど、気持ちいいわけではない

人間が気持ちいいと感じるのは「ちょうどいい温度」

熱いお風呂に肩まで浸かるのは気持ちいいのに、真夏に熱いお茶を飲むのは、あまりうれしくありません。

同じ「温かさ」でも、心地よく感じるかどうかは状況によって変わります。温度は、高ければ高いほど気持ちいい、というものではなさそうです。

寒いときの温かさは、なぜ気持ちいい?

冷えた手を温かいお湯に浸したときの、あの「じわあ……」という感覚。

寒い屋外から帰ってきて入る、熱めのお風呂。

冬にこたつに足を入れた瞬間の安心感。

これらに共通しているのは、「身体が冷えている状態から、温められている」という点です。

生理学の分野では、こうした現象は「温熱的アリエステジア」と呼ばれています。同じ温度の刺激でも、身体が今どんな状態にあるかによって、心地よく感じたり、そうでもなかったりする、という考え方です。

「温かさそのもの」が気持ちいいのではなく、身体の状態との関係で心地よさが変わる

この考え方に沿うと、「温かさ」に絶対的な正解があるわけではないことになります。

身体が寒さを感じている状態であれば、温かさは心地よく感じられやすく、反対に、すでに十分温まっている状態であれば、同じ温かさでもそれほど心地よく感じられない、ということが起こり得ます。

「温かい=いつでも気持ちいい」ではなく、「今の身体の状態に対して、ちょうどいい温度かどうか」が、心地よさを左右しているようです。

意外?「温かい=副交感神経が優位」とは限らない

温かい飲み物を飲むと、体では何が起こる?

温かい飲み物を飲むと、体温や皮膚の温度、心拍、発汗などに変化が起こることが確認されています。
身体は、外から入ってきた熱をどう処理するか、対応に追われることになります。

身体が温度に対応することと、「心地いい」と感じることは別問題

身体は、温度の変化に対応するために働きます。その一方で、私たちはその温かさを「心地いい」と評価することがあります。

つまり、身体の生理的な反応と、本人が感じる「ほっとする」という感覚は、必ずしも同じ方向に動くとは限らない、ということです。

「副交感神経が優位になるから」という一言では説明できない

「温かい飲み物=副交感神経が優位になってリラックスする」という説明は、わかりやすい反面、少し単純化されすぎているようです。

実際には、
温度の刺激を受け取る → 身体がそれに反応する → 脳がその状態を心地いいかどうか評価する

という、いくつかの段階を経て、私たちは「ほっとする」という感覚にたどり着いていると考えたほうが、実態に近そうです。

実は「寒さ」が、私たちを疲れさせている?

寒いと身体は熱を逃がさないようにする

寒い環境にいると、身体は体温を守るために、血管を収縮させたり、震えを起こしたりして、熱を逃がさないように働きます。

これは、私たちが意識していないところで、常に行われている仕事です。

寒さは「快適ではない」というだけではない

体温を一定に保つためのこうした働きは、地味に身体の負担になっています。

寒い場所に長くいると、それだけで疲れを感じやすくなるのも、こうした背景と無関係ではなさそうです。

だから、冬の温かいお茶は特別においしく感じる

そう考えると、冬に温かいお茶を飲んだときの「ほっとする」という感覚は、「お茶の温かさが素晴らしい」というより、「寒さに対応し続けていた身体が、その負担から少し解放される」ことによる部分も大きいのかもしれません。

寒い日に飲む温かいお茶や、冷えた手で包む温かいマグカップが、ことさら心地よく感じられるのは、このためかもしれません。

お風呂・こたつ・湯たんぽも「温かいから気持ちいい」だけではない

お風呂で「ふぅ」となる理由

お風呂に浸かったときに思わず出る「ふぅ……」という声。

これも、身体全体が温められることで血流が変化し、冷えていた身体が温度的な負担から解放されていく過程で起きている、と考えられます。

湯たんぽやこたつが気持ちいい理由

湯たんぽやこたつは、身体の一部を温めることで、寒さによる不快感をやわらげてくれます。

全身をお風呂で温めるのと、部分的に湯たんぽで温めるのとでは規模は違いますが、「冷えを和らげることで心地よさが生まれる」という仕組みそのものは共通しています。

温かい味噌汁やスープも同じ?

温かい味噌汁やスープを飲んだときの「ほっとする」感覚も、この延長線上にあると考えられます。
つまり、温かいコーヒーだけが特別な「リラックス成分」を持っているわけではなさそうです。

では、数ある温かい飲み物の中でも、なぜ私たちはホットコーヒーを「ほっとする一杯」として選び、楽しんでいるのでしょうか。

なぜ「温かいコーヒー」は特別に感じるのか?

温度が変わると、コーヒーの香りも変わる

香り成分は、温度が高いほど空気中に揮発しやすくなります。

ホットコーヒーから、湯気とともに香りがふわりと立ち上ってくるのは、このためです。

同じコーヒーでも、冷めてしまうと、立ち上る香りの量そのものが少なくなります。「温かいコーヒーのほうが香りを感じやすい」というのは、感覚的な思い込みだけでなく、香り成分の性質としても説明ができます。

温度は「味の感じ方」まで変える

温度が変わるのは、香りだけではありません。

味を感じる仕組みの中には、温度の影響を受けるものがあることが分かっています。たとえば、甘みを感じる受容体の一部は温度の上昇にも反応することが報告されており、温かい状態のほうが甘みをやや感じやすくなるケースがあるようです。

ただし、この影響の大きさには個人差があり、飲み物の種類によっても変わるとされているため、「温かいと必ず甘く感じる」と言い切れるものではありません。

「温かいコーヒー」と「アイスコーヒー」は、同じ豆でも体験が違う

香りの立ち方や味の感じ方が変わるということは、同じ豆で淹れたコーヒーでも、ホットとアイスとでは体験そのものが変わるということです。

ホットコーヒーは、温度・香り・味わいが一体になった体験。

アイスコーヒーは、冷たさによるキレや爽快感が魅力の体験。

どちらが優れているという話ではなく、「違う体験を楽しんでいる」と捉えるのが自然そうです。

「熱いコーヒー」がおいしいわけではない。おいしさと安全の境界

コーヒーは抽出するときと飲むときで温度が違う

コーヒーは、85℃から90℃前後の高い温度のお湯で抽出されるのが一般的です。

カップに注がれてから飲み終えるまでの間に、コーヒーの温度は少しずつ下がっていきます。おいしく飲める温度の目安として80℃前後を保つとよいとされていますが、実際には仕事をしながら、あるいは会話をしながら飲むうちに、室温近くまで下がっていくことも珍しくありません。

熱すぎる飲み物には注意が必要

世界保健機関(WHO)の関連機関であるIARC(国際がん研究機関)は2016年、「非常に熱い飲み物」(65℃を超える飲み物)の摂取について、食道がんのリスクとの関連が示唆されるとして「おそらく発がん性がある」と評価しました。これは、コーヒーという飲み物自体ではなく、「熱すぎる温度で飲むこと」に対する評価である点には注意が必要です。

ちなみに、カフェなどで一般的に提供されるコーヒーの温度は、この65℃を下回っていることがほとんどとされています。熱さを我慢しながら無理に飲むようなことがなければ、過度に心配する必要はなさそうです。

ある小規模な調査では、参加者が「熱すぎる」と感じ始める温度は平均67℃前後、実際に好んで飲んでいた温度は平均63℃前後だった、という報告もあります。あくまで一つの調査結果ですが、多くの人にとって「ちょうどいい」と感じる温度は、この65℃という数字のすぐ近くにありそうです。

「温かい」と感じながら、無理なく飲める温度を選ぶ


「57〜60℃が最適な温度」というような、絶対的な正解があるわけではありません。

大切なのは、熱いまま無理に我慢して飲むのではなく、自分が「おいしい」「心地いい」と感じられる温度まで、必要であれば少し冷ましてから楽しむことです。

今日から試せる。「温度」を意識したコーヒーの楽しみ方

在宅ワークで仕事モードから抜け出しにくいときほど、こうした小さな儀式が、頭を切り替えるきっかけになってくれます。

冷えた日に、いつもより温かい一杯を選んでみる
身体が冷えている日は、いつもより熱めの一杯を選んでみる。

「温熱的アリエステジア」を、実際に体験してみる機会になります。

一口目だけ、温度を意識してみる

いつものように飲む前に、一口だけ温度そのものに意識を向けてみる。

「熱い」「温かい」「ぬるい」、どのあたりに感じるかを確かめてみるだけでも、コーヒーとの向き合い方が少し変わります。

同じコーヒーを温度違いで飲み比べてみる

これが、いちばんおすすめの方法です。

淹れたてを一口。

少し置いて、また一口。

さらに冷めてから、もう一口。

香り、苦味、酸味、甘さ、コク、飲みやすさが、温度によってどう変わっていくかを比べてみてください。同じ一杯のコーヒーの中に、いくつもの表情があることに気づくはずです。

まとめ|「ほっとする」のは、単純な自律神経の話ではない

温かい飲み物を飲んで「ほっとする」

その理由を、「副交感神経が優位になるから」の一言で説明することはできません。

温度を感じるセンサーがあり、身体は温度の変化に対応し、脳はその状態を、身体が置かれている状況との関係で「心地いいかどうか」評価しています。

とくに、寒さによって身体が負担を感じている状態では、温かさがその負担をやわらげる方向に働き、「ほっとする」と感じやすくなる。

そして、コーヒーの場合は、そこに香りと味わいの温度依存性が加わります。

だからこそ、温かいコーヒーは「ただ温かいだけ」の飲み物ではありません。

次にホットコーヒーを飲むときは、温度そのものに、少しだけ注目してみてください。