お茶を点てるように、コーヒーを淹れる。忙しい毎日に「余白」をつくる5分間

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朝起きて、まずスマホを見る。ニュースをざっと確認しながら身支度をして頭の片隅では今日の予定を組み立てている。

コーヒーを淹れているあいだもメールをチェックする。気づけば「コーヒーを飲む時間」まで効率よくこなす対象になっている。

そんな朝を過ごしている人はきっと少なくないと思います。

けれど、ふと考えてみると不思議です。コーヒーを飲むこと自体は数分あればできます。それなのに、わざわざ豆を挽き、お湯を沸かし、時間をかけて淹れる。

そこには「飲む」だけでは説明のつかない価値があるのかもしれません。

その手がかりを少し遠回りですが、茶道から探してみようと思います。

茶道には「お茶を飲む」以上の時間がある

茶道で大切にされる「所作」とは何か

茶道の作法をここで細かく解説するつもりはありません。それよりも見つめたいのはもっと単純な動作の部分です。

茶碗を扱う。道具を整える。お湯を注ぐ。茶筅で点てる。茶碗を差し出す。

一つひとつは特別なことではありません。けれど茶道ではこの当たり前に見える動作を驚くほど丁寧に行います。効率だけを考えれば、もっと早く済ませることもできるはずなのにあえてそうしない。そこに何かしらの意味があるはずです。

「無駄」に見える時間には、意味がある

現代の暮らしでは、早く効率的に、無駄なく物事を進めることが良いとされがちです。時間はできるだけ節約するべきもので、遠回りは避けたほうがいい。そんな価値観に知らず知らずのうちに慣れています。

一方で茶道には、効率だけでは説明のつかない動作がたくさんあります。その一見遠回りに見える時間が、場を整え、そこにいる人の気持ちを整えていく。

だとすれば、私たちの日常にもあえて効率化しない時間が必要な場面があるのかもしれません。

茶道の「今ここ」に集中する感覚と、マインドフルネス

茶道イコール、マインドフルネスではない

ここは少し丁寧に書いておきたいところです。茶道とマインドフルネスは同じものではありません。茶道には長い歴史のなかで育まれてきた独自の文化と精神性があり、マインドフルネスはどちらかというと心理学から生まれた比較的新しい概念です。生まれてきた背景も目的も違います。

ただ「目の前の行為に意識を向ける」という点においては、たしかに重なり合う部分があります。今回見つめたいのはその重なりの部分です。

「今ここ」に意識を戻すということ

忙しいときほど、頭のなかは昨日の失敗や今日の仕事、明日の予定でいっぱいになります。考えているつもりが実は考えごとに振り回されている。そんな状態は誰にでも心当たりがあるはずです。

そこから少しだけ離れて、手に触れる道具の感触や、お湯の温度、水の音、立ちのぼる香り、自分の呼吸、目の前の動作に意識を戻してみる。茶道にもマインドフルネスにも通じるのは、この「今ここに意識を戻す」という部分なのだと思います。

では、コーヒーを淹れる時間はどうだろう

ここからが、今回の記事の本題です。

豆を挽く

「何グラム入れるか」という計量だけに気を取られず、豆を挽く音や香り、手に伝わる感覚に少しだけ意識を向けてみる。それだけでいつもと同じ作業が少し違って感じられます。

お湯を沸かす

お湯を沸かす時間は、多くの場合「準備」として扱われ、あまり意識されません。けれどこの待ち時間も、すでにコーヒーを淹れる時間の一部だと捉え直すことができます。

お湯を注ぐ

お湯が粉に触れ、コーヒーの粉がゆっくりと膨らむ。香りが立ちのぼり、お湯が少しずつ落ちていく。ポタ、ポタ、という音がする。

普段なら「抽出工程」のひとつでしかない時間も、意識を向けてみるだけで一つひとつが所作のように感じられてきます。

「正しく淹れる」から、「感じながら淹れる」へ

コーヒーには「正解」がある。でも、正解だけが楽しみではない

湯温、粉の量、挽き目、抽出時間、注ぎ方。コーヒーには、たしかにおいしく淹れるための「正解」に近い基準があります。それを知っておくことはもちろん大切です。

けれど今日という日に注目してみると「今日はうまく淹れられたか」だけがすべてではないはずです。「今日はコーヒーを淹れる時間をちゃんと味わえたか」という、もうひとつの視点があってもいいのではないでしょうか。

5分間だけ、効率を手放してみる

スマホを置く。動画は見ない。音楽もつけなくていい。何かを考えようともしない。ただ、コーヒーを淹れる。

そういう時間は、現代的な言葉で言えばマインドフルネスに近いものなのかもしれません。断定はできませんが、そう感じられる瞬間はたしかにあるように思います。

一杯のコーヒーに「一期一会」を重ねてみる

「一期一会」は特別な茶会だけの言葉ではない

茶道には「一期一会」という考え方があります。一生に一度しか会えない、という意味で語られることも多いのですが、ここではもう少し身近に「今この瞬間の出会いを大切にする」という捉え方をしてみたいと思います。

同じ豆でも今日の一杯は今日しかない

同じコーヒー豆、同じマグカップ、同じドリッパーを使っていても、その日の気分や天気、朝の時間の流れ方、仕事の忙しさ、誰と飲むかによって一杯の感じ方は変わります。

毎日同じコーヒーを飲んでいるようで、実は毎日違う一杯に出会っている。そう考えてみるとコーヒーを淹れる時間そのものが、少しだけ特別なものに思えてきます。

コーヒーを「飲むもの」から「時間」に変えてみる

5分間、何もしないことを許してみる

コーヒーを飲みながら仕事をするのではなく、コーヒーを淹れるためだけの5分間をつくる。それだけのことですが日常のなかに小さな余白が生まれます。

大切なのは丁寧に暮らすことではない

「丁寧な暮らし」という言葉を前面に出すと、忙しい人にとってはかえってハードルになってしまうことがあります。

毎日を丁寧に生きる必要はありません。ただ、5分間だけ立ち止まってみる。そのくらいの軽さでちょうどいいのだと思います。

明日の朝、コーヒーを淹れるときに試してほしいこと

特別な手順は必要ありません。よければ、次のようなことを少しだけ意識してみてください。

豆の香りを感じる。お湯の音を聞く。粉の膨らみを見る。一口目を急がず味わう。5分間だけスマホを見ない。

何か特別なことをする必要はありません。いつものコーヒーをいつもより少しだけ意識して淹れてみる。それだけで十分だと思います。

まとめ|毎日にもっとリラックスを

コーヒーは忙しい毎日をさらに忙しくするための飲み物ではなく、立ち止まるためのきっかけにもできます。

茶道が教えてくれるのは、お茶を美味しく飲む方法だけではありません。目の前の一瞬に意識を向けること。そして、その時間そのものを大切にすること。

それは、コーヒーにもできるのかもしれません。

毎日にもっとリラックスを。